世論調査をパブコメでなく秘密裏に行う日本

アベ日本の省庁は、政策を決めるのにパブリックコメントを使わない。広告代理店などを通じてコソコソ行っている。

パブリックコメントでやろうが、リサーチ業者を通じようが、要は広告代理店に税金が流れるのは概ね同じである。電通などは、世界有数の諜報機関であり、デマゴーグ業者である。

だが、パブリックコメントは、誰が募集しているのか明かして、誰が回答可能なのか制限せず、回答はフリー記述である。しかも、パブリックコメントの公共事業は概ね、発注手続が明かされている。

リサーチアンケートで調査すると、調査依頼元は秘匿するのが一般的で、調査対象は調査依頼元が勝手に制限し、回答項目は調査元が勝手に定める。しかも、発注契約は概ね秘密裏に随意契約で行われるであろう。

密室である。

アベや「自民党」(自分党)や省庁は、パブコメ募集して意見を言われるのがイヤなのである。主権者(統治者)が政治参加することを怖れているのである。

慥かに、パブコメをやると、野田佳彦首相のように原発を廃止するか否かで板挟みに遭うこともある。

だが、デモクラシーというのは統治を受ける者が自ら統治すること(自治)であり、つまり政治参加が当然である。構成員は自ら知能を高め、洞察能力を研ぎ澄ませ、決断能力を修練し維持せねばならない。ちなみにだから、「教養」(エデュケイション)が重要なのである。

それを、一切政治参加させず票だけ入れさせて、その票ですら、利権の馴れ合いやデマゴーグに操られた烏合の衆で決まるのが、日本であり、つまり日本はポピュリズム(衆愚政)国家である。

「口出しさせん」「票は俺に入れて、あとは全部丸投げして任せろ」というのが日本流の封建政治なのである。それで失敗し、現に苦しんでいるのに。日本国民は家畜である。

日本は、学校教育を封建政治、「社会の歯車」化、軍国的全体主義のために行っている。それは、文部省だけでなく、日教組も結局は同じ発想から脱け出られない。だから、エデュケイションのない(自立思考型生命体でない)国民が量産され、自分のことさえよければいい、自国のことさえよければいい、人間のことさえよければいい、自分の周りしか視えない、そういう愚か者の国になった。

それだから、まともな意見をもてないので、意見を募集すると混沌となる。真人覚者(おとな)でない、ガキ畜生の集まりに対して参加権を与えるとケイオスになる。無能なリーダーは結論をまとめられない。だから最初から参加権は与えず投票券だけあげよう、というのが日本なのである。

このように、日本人は幼稚なのである。まともに生まれ育っていない。もう治らないと考えられる。全てやり直しが必要である。