diary 2019-06-19

日本と称するところは、ジェンダーの扱いが非対称だ。

例えば男だと人生設計に幅がある。だが、頑張らされる。

例えば女だと、人生設計に選択の余地がほとんどない。死なないでいくには、社会の抑圧を甘受させられる。いわば、そもそもスタートラインに立てない。

いずれにせよ、社会の歯車であり、奴隷である。

日本と称するところは、国家社会が優先であり、誰も得しない。

女だと、男よりも異常に要求レベルが上がる。外見も言動も異常に要求される。男とは同じ要求レベルではない。だから例えば化粧や服装にも、異常に時間や金銭を要求される。

ヒステリックになったりナーバスになったりするのには、器質的な性差はそれほどないと思われる。日本とかいうところでは。女だと、やることが多すぎ、ストレスが多いのだ。なにせ、トイレすら足りない。
要求レベルが高すぎるので、食事も水分も制限させられる。よって、美容どころか健康すらも害される。

抑圧されて甘受させられる女のぶんだけ、男も頑張らされる。

女で生まれて、普通に社会で自立して生きていこうと思ったら、異常に負担をかけられて潰される。頭角を現そうとしたら、極端な業務量や責任を負わされ、失敗させられ、「これだから女はダメだ」と言われる。
その迫害をも越えても、「女のくせに」と言われる。

誰も得しない。

そもそも性別なんて忘れた社会だったら、こんなことにはならない。